平日は朝から夜遅くまで職場に拘束され、心身ともに疲れ切っていますよね。
そんな中訪れた休日は、まずは何よりも自分自身を労ってあげるのが最優先です。
なぜなら、休日になにかをするにしても、心身が正常な状態でなければ身が入らないからです。
僕も土曜日に朝早くからスノーボードに行く予定があるのに金曜日に調子に乗って深酒し、二日酔いのせいでリフトに乗れず、全く楽しめなかった経験があります。
一日券を買ってずっとロッジのイスに座っていました。
このように、やはりまずは一週間頑張って働いてくれた自分自身を十分に癒してあげることが大切と言えます。
足早に過ぎ去っていく日々の中ではついつい忘れがちになってしまいますが、あなたが毎日仕事に行っているのは、”仕事なんだから当たり前”ではありません。
どんなに眠くても、少し体調がすぐれない日であっても、自分にムチを打って布団から這い出るのは当たり前のことではありません。
僕たちはもっともっと自分を褒めてあげていいと思うんですよね。
(昨日あんなに遅くまで残業したのに今日もちゃんと出勤する自分ってすごい)
(今にも手が出そうな腹立たしい上司や、自分中心主義のお局様のご機嫌をうまくとってる自分ってなかなかイケてるな)
(この仕事は誰よりもうまくやれてるな。自分最高)
自分がやってることなんか別に大したことじゃないし・・・なんて自身を過小評価せず、一週間頑張ってやり切った自分を存分に労ってあげてください。
平日は朝から晩まで仕事詰めの日々を過ごし、待ちに待った休日が訪れても、特にやることがないという人は意外に多いです。
あまりにも忙しく日常を過ごしているがために、たまの休日がきても何かをする体力が残っていないなんていう場合もあることでしょう。
ですが、休日はせっかく自分で自由に使える時間なわけですから、この時間をいかに有効活用できるかによって人生だったり生き方が大きく変わってくるものです。
なにか新しい趣味にチャレンジしてみるのももちろん素晴らしいことですが、もっと小さなこと、例えば車でいつもとは違う道を通ってみる、いつもとは違うものを食べてみる、ママチャリで近所をサイクリングしてみる・・・。
こんな些細なことでもいいんです。職場と自宅の往復ばかりの日常からしたら立派な非日常であり、この非日常は無数の新しい発見で満ち溢れています。
要は、”日常から心身を解放してあげる”のが大切だということ。
もちろん前述のように、まずは疲れ切った自分を労ってあげるのが第一ですが、体力回復のために布団から出ないぞ!なんて度を過ぎて塞ぎ込んでいるよりも、
小さな発見であったり可能性だったりに触れる機会が多くなると人生が楽しくなってくる、そんな気がしています。
休日にやることがないというのは、本当にやりやいことが見つからないケースの他に、熱中できる趣味はあるんだけどどうも気分が乗らなくてやらない、だから結局やることがないというケースがあります。
僕はどちらかというと後者の方で、キャンプやバーベキュー、温泉、スノーボードに登山とオールシーズン楽しめる趣味を持っているのですが、本来楽しくてしょうがないはずの趣味が全く手につかず、全然楽しめなかった時期がありました。
なぜ楽しむことができなかったか、この理由は明白で、
「こんなことしてても、結局は明日からまた仕事なんだよな・・・」
「一泊二日でキャンプなんて行ったら土日があっという間に終わってしまう」
こんな思いが、ふと無意識に脳裏をよぎってしまうからです。そしてこんなことを一度考え始めたが最後、今まで楽しいと思っていた感情がいとも簡単に吹っ飛び、どうしようもない虚無感と絶望感に変わってしまうんですよね。
当時は、心の底から趣味を楽しんでいる周りの友達を本当に羨ましく思ったものです。
ですが僕の場合は、どんなにゲレンデで自分の板を思い通りにコントロールできても、どんなに満天の星空の下で焚き火を眺めていようと、
「所詮は国や会社が定めた休日の中でだけの有限の自由。どこに行くにもなにをするにも首輪をつけられている。」
という思いが常に根底にありました。あなたも、今お話ししたような体験をしたことがあるのではないでしょうか?
ここまで読んできたあなたは、
「いやさっき非日常がいいとか休日の自由な時間を有効活用しろとか言ってたじゃないか」
と思っていることでしょう。
誤解のないようにもう一度言いますが、非日常に身を投じたり、自由な時間を有効活用するという行為自体は、他の誰でもない自分自身の意志で行っているわけですから、人生にとって必ずプラスになる素晴らしいことです。
ここで最も問題なのは、それらを行うための”自由な時間があまりにも少なすぎる”ということなのです。
国や会社が勝手に定めた土日という枠組みの中でだけの自由時間。
土日が休みならまだいいですが、会社や企業によっては土曜日まで仕事に食われるなんてことも少なくありませんよね?
時間が少なすぎるが故に、行きたい場所ややりたいこと、その全てに制限がかかってしまう。
だから趣味を心から楽しめないし、休日にやることがないという状況に陥ってしまうのですね。
週休2日制だとして、一年の休日の総数は110日程度です。ということは、1年のうち3分の2以上を仕事に捧げている計算で、これがもっと長いスパンになると、そのウエイトの差はどんどんと広がる一方です。
もちろん、仕事自体が好きで毎日が充実しているというのなら、それはとても素晴らしいことだと思います。
ただ、それとは逆に、
仕事なんて生きるために仕方なくやっているだけ
という考え方だった場合、1年のうちのたった3分の1しか休みがなく、あとは全て仕事に埋め尽くされているという状況はただの苦行でしかありません。
給料を貰っている立場だから仕方ないのは分かっている。それにしても休みが少なすぎないか?
そんなモヤモヤを抱えたままで過ごしていた時期もありました。
とはいえ、”休みを増やせ”と声高に叫んだところで所詮は叶わぬ夢。
給料をやってるんだから筋の通らないことを言うなと一蹴されて終了です。
というわけで、なんとか休日を増やす方法はないだろうかと考えたところ、ある答えに辿り着きました。
前項では、休日にやることがない理由は”自由時間が圧倒的に少ないからだ”、というお話でしたね。
ここで考えてみてください。
もし現在のトイレ休憩程度の休日が、毎週のように3連休や4連休に増えるとしたら。
休日が増えれば自由に使える時間が増えますから、行きたい場所にも手が届きますし、やりたいことにも没頭できるはずです。
ここからが重要なのですが、実は今の時代、”人生の自由時間は誰にでも引き延ばすことができる”ようです。
それはなぜかというと、今の時代は”一個人がお金を稼ぐための方法がたくさんあるから”に他なりません。
ネットで副業の情報を探してみると簡単に出てくるかと思います。
ユーチューブでの動画コンテンツ発信、せどりや転売、株やFX、ブログでの情報発信など。
他にも手段はたくさんありますが、要はやり方次第では誰でもお金を稼げる時代だということです。
これはつまり、雇われの給料に依存しない収入の柱を作れるということに他なりません。
手段や方法の違いこそあれ、とにかく”自分で稼ぐ力”を身に着けることができれば、100%給料に依存した生活スタイルを大きく変えることが可能になってきます。
例えば、会社から受け取る給料の他に月5万円でも10万円でも入ってくれば、家計が相当楽になりますよね。
ローンの繰り上げ返済もできるし外食にも行けて貯蓄も加速していきます。
それに自分でお金を稼げるようになれば、本業を週3日や週4日に減らすことも可能になってきて、そうなると平日みっちり働かなくてもよくなります。
このように、独自の稼ぎ柱を持つことはとても大きなメリットと可能性を秘めているわけですね。
無論、いかなる方法であっても、目に見えて結果が出るまでにはそれなりの時間と労力を必要とします。
ただ、それはなにも数年や数十年という途方もない期間ではなく、早ければ数か月や1,2年で成果を実感できます。
それに雇われの固定給とは違い、自分で稼ぐ金額に上限はありませんから、やればやっただけ財布が太るわけですね。
単純労働者である以上、どんなにあがいたところで週休2日という鎖に繋がれてこの先も生きていくことになります。
給料を貰っている以上、あらゆる制約や制限を受け入れながら生活していくしかありません。
自由に使えるお金もなければ休日も少なく、それ故にやることがないという窮屈な枠組みの中で老いていく。
そんなの絶対に嫌だ
という声が聞こえてきましたが、それでいいんですよ。
そのためには、繰り返しお伝えしている通り”自分で稼ぐ力”を養うことが急務となります。
一度身につけてしまえば、あとは継続してあなたに豊かさを運んできてくれる強力な味方となりますからね。
朝早く起きて朝食を済ませ、
渋滞につかまり車の中でイライラしたり、
職場についたのもつかの間、キャパオーバーの仕事を押し付けられ、
汗水流して働きながら名ばかり上司やヘソが曲がりすぎて明後日の方向を向いているお局様のご機嫌をとり、
ほぼHPがゼロの瀕死の状態で帰宅してシャワーを浴びてカップ麺食べてストロング飲んで昇天。
こんな具合に、平日は自分のために充てる時間など皆無なほどに忙殺されて過ぎ去っていきます。
そして訪れた週末、やっと自分自身の意志で行動できる時間ができても、どうもやる気が出ないし、何よりもやることがない・・・。
平日何もできない分土日に思いっきり遊んでやると息巻いてはみるものの、いざ休みの日になると、不思議なほどやる気が出てこない。
そもそも平日の睡眠時間では足りておらず、そのつけを払うかのごとく土曜日は目が覚めるとすでに昼。
そしてぼーっとテレビを見るなりゲームをするなりしているともう夕方。
そんなこんなですぐに日曜日がやってきて、常に頭をよぎるのは”明日からまた仕事”ということ。
夕方にはうかつにもサザエさんを見てしまい、この世の終わりのような絶望感に包まれて布団に包まれる。
そしてまたブルーマンデーがやってくる。
そしてこんな日々を繰り返しているとあっという間に一か月が経ち、一年もあっという間に終わってしまいます。
働き始めたら一年なんてあっという間、と言われているのがよくわかります。
そんな中、僕がふと考えたことは、
平日は仕事しかしない。休日も何もしない。じゃあ自分は一体何のために生きているんだろう
ということでした。
大してやりたくもない仕事に週のほとんどの時間を捧げ、たまの休日も特に何もせずに終わる。
そして一年が終わり、気が付くと人生が終わっている・・・。
このように考えた時に、この上ない虚無感に襲われたことを今でも覚えています。
ここで言いたいのは、僕たちは労働に一生を捧げるために生まれてきたわけではないということです。
日々に忙殺されている中ではつい忘れがちになってしまいますが、自分の根っこ、自我までも労働に捧げてしまっては、本当にただの労働ロボットになってしまいます。
そうならないためにも、常に現状に疑問を抱きながら生きていくことが大切であると考えています。