人生の勝ち負けを決めるのは簡単ではないと思います。
それは、その人の年齢や職業、境遇やステータスといった要素が複雑に絡み合っているからです。
誰かからすれば勝ち組かもしれないし、自分からしたら負け組だと感じるかもしれない。
僕の意見を先にお伝えすると、
自分の信念通りに生きている人
が勝ち組なのではないかと考えています。
幼少期から社会人として過ごすまでの実体験を通してこのような考えに至りました。
国や学校の先生、祖父母や両親や周りの大人たちが口を揃えて唱えること。
たくさん勉強していい成績を取れ
成績優秀で進学校へ進め
進学校でも必死に勉強してハイレベルの大学へ進め
大学でも高い評価を取り続けて有名企業に就職しろ
これらを全て満たせば勝ち組だ
人間でも動物でも、子供は1人では何もできず、皆大人の姿を見て育ちます。
そんな大人たちが全員揃って同じことを言うわけですから、子供としては絶対に正しいと思ってしまいます。
大人たちの言う通りに頑張れば勝ち組になれるし幸せにもなれるのだと。
地元で2番目の進学校へ進み、死に物狂いで勉強して旧帝大の医学部に合格。
国家資格を取得した後、就活を経て社会人の仲間入りを果たす。
幼い頃から耳が痛くなるほど聞かされ続けてきた勝ち組へのステップを、1つも踏み外すことなく駆け上がってみました。
常に優秀でなければいけないと自分を追い込み、分厚い教科書や意味不明な暗号に満ちた参考書を読破し、眠い目をこすって必死にノートを取る。
そうやって周りの期待に応えた先に待っていたのは、息苦しくてめまいがする不自由な毎日でした。
1日のスケジュールを勝手に決められ、嫌いな人間と毎日顔を合わせ、狂ったような長時間勤務を強いられる。
我慢と自己犠牲、理不尽が当たり前のように横行し、心身がボロボロになっていく。
それでいて与えられるのは1か月を生き延びるためだけのエサ。
仕事終わりの缶ビール1本すら買うのを躊躇するレベルで、外食や温泉旅行なんてどこか別の世界の夢のよう。
さらには勝ち組になるために借りたお金の返済が家計をさらに締め付ける。
何が”奨学金”ですか。ふざけるのもいい加減にしてくださいって話ですよ。
国や学校教育や世間体の掲げる理想を実現させて得られたのは”借金まみれの不自由な人生”でした。
学力主義を唱えているくせに、その学力を突き詰めようとする人間は借金まみれになる。
社会人デビューの時点で高級外車1台買えるほどの借金を背負い込み、自身を労うことは一切許されずに身動きの取れないカツカツの生活を送ることの一体どこが勝ち組なんですか。
医学部を出て国家資格があって安定した職があるというのはステータス的には響きがいいかも知れません。
しかしフタを開けるとびっくり、その実態は悲惨なものでしたね。
これまで生きてきた中で分かったことがあって、それは自分の意志がいかに大切かという点です。
かつての僕は、周りの声や期待ばかりに気を取られて、自分が本当にやりたいことや、どのように生きて行きたいのかを考えるのを怠っていたんですね。
そのツケが後々になって回ってきた格好です。
もちろん、他人が言う理想と自分の意志が一致していれば、それはそれでいいと思います。
大企業でキャリアウーマンとしてバリバリ働くのが夢なら、それを叶えるために頑張ればいいんです。
ただ僕の場合は、自分の本心から目を背けてノイズばかり拾って生きてみましたが、それは本当の勝ち組ではなかったんですね。
結局20代の貴重な時間を労働生活に捧げてしまったわけですが、
”誰かに言われた通りに生きていても絶対に満足できない”という境地に至ったことと、”自分の本心や信念を明確にできた”という意味では大きな収穫がありました。
その上で、”やりたいことをやれている人”、”生きたいように生きている人”こそが真の勝ち組であると、そのように考えるようになったという運びです。
では、自分の意志や信念とは遠いところで生きている人はみんな負け組なのかと言われると、決してそんなことはないと思います。
負け組と聞くと、あたかもすでに勝負がついてしまっているかのようなニュアンスがありますが、生きている限りはいつでも何度でも勝負を仕掛けることができます。
諦めるのも、勝敗をつけるのもまだまだ早い。僕はそう考えています。
わけのわからない枠組みに囚われて生きるのはもうウンザリだったし、お金に苦しみながら生きるのも嫌でした。
その2つを同時に解決できる方法はないかと探したところ、最適なものが見つかりました。
それは、”資産とビジネスを育てる”というものです。
誰にも雇われずとも自分の力だけでお金を生み出し、さらには勝手にお金が発生するシステムを作る。
今の時代は、たった1人でもこんなことができるんですね。
僕は医療分野に関しては多少の覚えがありますが、それとは全く無関係な土俵で戦っています。
つまりは、学歴や知識、資格やステータスなどは一切不要だということです。
それに初期費用もほとんどかかりませんから、本当に誰にでも勝負する権利があると言えます。
自分の信念通りに生きるために、僕は迷わずこの道を選びました。
舞台はすでに用意されていて、上がるか上がらないかは自分次第です。
白旗を振り続ける人生は何としてでも避けたいところですね。