毎日ストレスのシャワーを浴びながら生きていると、辛いし苦しいしで心が疲弊してしまいますよね。

 

 

本来僕たち人間はストレスに強くありませんから、ストレスに押し潰されて心を病んでしまうというのはおかしな話ではありませんし、誰にでも起こりうるものだと思います。

 

 

日々に忙殺されていると、時に自分は一体何者なんだろうとか、所詮自分なんてこんな程度の人生しか送れないんだといった具合に、自己肯定感が下落し、自分自身がわからなくなってしまうことがありますよね。

 

 

自分自身がわからないと自信もなくなり、活力も湧かずどんどんネガティブ思考になるという負の連鎖。

 

 

やがて自分の存在意義をも疑うようになり、人生を諦めてしまうことになる・・・。

 

 

こんな風にならないためにも、負の連鎖を断ち切り、自分の魂、核の部分を繋ぎ止めておく必要があるんです。

 

 

どうして自分自身を信じられなくなるのか?

 

自分に自信が持てない、自分を信じられない最たる原因は、”日常的に否定されて生きているから”だと思います。

 

 

ストレス社会という圧倒的に劣悪なフィールドに労働者として身を置いていると、仕事なんてできて当たり前で、ちょっとでもミスを起こそうものなら地面にめり込みそうなくらいに叩かれます。

 

 

この、仕事はできて当たり前でミスは絶対に許されないという風潮、これがよくない。

 

 

これは言うなれば完全なる減点方式であり、加点される要素が全くありません。

 

 

批判や否定というのは、褒められることよりもずっと深く心に突き刺さりますから、

 

 

怒られ叱られ叩かれの減点方式の中で生きていては、自己肯定感などダダ下がりに決まっていますよね。

 

 

自分はこんなこともまともにできない

 

また同じミスをしてしまった

 

また怒られた・・・

 

 

叩かれて伸びる人間も確かに存在しますが、叩かれて潰れる人間の方が圧倒的多数なわけです。

 

 

繰り返し否定され続けることによって、どんどん自分が信じられなくなっていくのは人として当然であって、なんらおかしなことではありません。そのことで自分を責めないでくださいね。

 

 

もっとも、仕事はできないよりはできた方がよくて、ミスも起こさない方がいいに決まってはいますが、なにかもっと、フォローなり肯定感を高められるような余地があってもいいのではないかという気がしています。

 

 

たとえ部下がミスを犯しても、頭ごなしに叱りつけたりせず、仕事をうまくこなせたら褒めてあげたりというのがもっとあってもいいと思うのですが、

 

 

残念ながら実社会にはこの悪しき風潮が色濃く根付いてしまっていて、この先も変わる見込みはまずありませんね。

 

 

自分を信じられないことの弊害

 

自己肯定感が低く、自分に自信がないことの弊害は想像以上に大きいものがあります。

 

 

日常のちょっとした決断の際にも迷いが生じますし、自分の能力を過小評価するが故にパフォーマンスも上がらない。

 

 

自信のなさは言動にも現れ、自分がどんどん卑屈になっていく。

 

 

そんな自分が嫌になり、殻に閉じこもって何もしなくなる。

 

 

これが常態化すると、間違いなく人生そのものに暗い影を落とすことになります。

 

 

何をやっても楽しいと思えず、新しいことにチャレンジする活力も湧かない。

 

 

そんな中でも仕事には行かなければならない。そしてまた否定を浴びる・・・。

 

 

これではなんのために生きているのかわからなくなってしまいそうで恐ろしいですね。

 

 

ポジティブシンキングのススメ

 

自分を信じられないとデメリットしかなく、かといって社会の風潮は変わらない。

 

 

となると、自分自身の考え方を変えていく方が正直言って話が早いです。

 

 

仕事はできて当たり前という考えを改め、きっちりとこなすことができたら自分自身を褒めてあげてください。

 

 

仕事帰りにビールとお刺身を買って帰りましょう。

 

 

うかつにもミスを犯してしまった時も、ただ自分を責めて終わりではなく、そこから学んだり次に繋げられればそれでいいんです。

 

 

むしろ他の人がやったことのないミスということで貴重な経験にもなり得るわけです。

 

 

表向きには失敗でも、その裏には貴重な収穫が隠されているものです。

 

 

悪いところではなく良いところに目を向ける、これだけでも自己肯定感は段違いに上がります。

 

 

加えて有効なのが、"小さな挑戦と成功を繰り返す"ということですね。

 

 

自分自身に対して課題やハードルを突きつけ、自分でそれを解決し飛び越える。

 

 

今日は苦手な数学を3時間勉強する、5キロ走る、腹筋100回など、自ら設定した目標をクリアした時の達成感や充足感というのは、あなたも一度は体感したことがあると思います。

 

 

1つのことをやり切ったという事実はあなたの実績となり、実績は自信につながります。

 

 

自分に自信がつくとアドレナリンが放出され、どんどん新しいことに挑戦したくなり、こうなれば今度は、挑戦→達成→自信→挑戦という好循環がやってきます。

 

 

ちょっとした考え方の違い、そして小さな成功の繰り返し。実践してみる価値は十分にあると思います。

 

 

否定され、自分が壊れる前に手を打つ

 

前項のポジティブシンキングは確かに効果があります。僕も実践しているので確証があります。

 

 

しかし恐ろしいことに、一般社会の闇というのはとても深く強力であり、あなたの中に芽生えたポジティブを、全身全霊で潰しにきます。

 

 

あなただけがどんなにポジティブになったところで、他者を否定して潰す社会の風潮には到底太刀打ちできないんです。

 

 

散々ポジティブとか言っておいて難ですが、現実とは冷たいものです。

 

 

自分を信じたり、自信を持つことすら許されないなんて、狂気に満ちていると思いませんか?

 

 

こんな自己肯定感が低空飛行の生活を送っていては、人間いつかは壊れます。

 

 

自分が壊れてしまう前に、かつせっかくのプラス思考を無駄にしないために打つことができる手が1つだけあります。

 

 

それは”労働者を辞める”という選択です。

 

 

結局のところ、労働者という歯車として社会に組み込まれているが故に、社会の風潮に翻弄されて自己肯定感が低くなるんです。

 

 

そうであるならば、思い切って社会の歯車と一線を画すればいいわけですね。

 

 

社会の歯車、つまりは労働者を脱するためには、”自分で稼ぐ力”が必要です。

 

 

これは他の記事でも常々言っていることですが、自分でお金を生み出して生活できるようになれば、労働なんてしなくてもよくなります。

 

 

いい意味で社会の窮屈な枠組みから外れることができるので、自己肯定感を下げられる心配がなくなります。

 

 

さらには、それまで労働に費やしていた時間、住む場所や人間関係の強要が消え去りますから、格段に自由になります。

 

 

これに加えて先ほどのポジティブシンキングを実践することで、人生が飛躍的に楽しくなります。

 

 

エネルギッシュでお金も自由もある。これって人として最強だと思いませんか?世の成功者と言われてる人たちがまさにこれに当たります。

 

 

あなたの存在を否定し、自信を喪失させるような環境と長くお付き合いする必要なんて全くありません。

 

 

そのような苦行を続けたところでメリットなど1つもありませんよね。

 

 

であればできるだけ早い段階でさっさと見切りをつけてしまった方が賢明と言えます。

 

 

自信に溢れた人生の方がずっと楽しい

 

自分を信じられないことで物事に対して卑屈になり、本来持っているはずの可能性の芽を摘み取ってしまうという事態を招く恐れがあります。

 

 

卑屈な感情や思考というのは、どこかジメっとしていて陰気が立ち込めています。

 

 

他人の愚痴や粗探しが専門のお局様の周りの空気がいつも淀んでいるのはそのためですね。

 

 

反対に、自己肯定感を高めることに注力し、自分を信じることができるようになれば、常にフレッシュな気持ちで生きることができると思いますし、

 

 

こっちのほうがずっとワクワクして楽しいに決まっていますよね。

 

 

このプラス思考を保つためにも、労働生活から抜け出すことが肝要と言えます。

 

 

自分で稼げるようになって生きていくというのはとてつもない実績であり、それこそ絶大な自信を生み出します。

 

 

エネルギッシュでパワフル、それでいて経済的余裕がある、まさに理想の人生像ではないでしょうか。

 

 

〜あとがき〜

 

僕は昔から、仕事や勉強、スポーツはできて当たり前という考え方がどうも嫌いでした。

 

 

できて当たり前ではなくて、できたらスゴイ!と思う方がずっと心地がいい気がします。

 

 

社畜時代はこれを地でやっていたら、お前は意味もなく褒めすぎだと怒られ、心底嫌になりましたね。

 

 

どうして敢えてギスギスした方に向かっていくのか、もう意味不明です。

 

 

そんな流れの無いドブ川のような環境が嫌だったことも、自分で稼ぐことを決めた理由の1つです。

 

 

究極にすがすがしい人間を目指して現在奮闘中であります。