今までとは違う生き方を模索するにあたり、まず大事なのが、”当たり前を疑ってみる”ということだと思います。

 

 

世間一般的な常識や考え方、それまで当たり前だと思っていたようなことに敢えて疑いの目を向けてみる。

 

 

なぜ?どうして?という疑問を投げかけることで、全く気付かなかったような真実が見えてきたり、物事を捉える視野が広くなります。

 

 

なぜこんなにも安い給料でみんな頑張ってるんだろう?

 

どうして来る日も来る日も朝から晩まで働かなきゃいけないんだろう?

 

このまま一生働くのが当たり前って誰が決めたの?

 

雇われて給料を貰う以外にも道があるんじゃないか?

 

 

物事を俯瞰で多角的に見つめることのできる人間はそうはいませんが、これができるようになるといい意味でしぶとくなります。

 

 

困難に直面した時の引き出しが多くトラブルシューティング能力が高い人は、どんな時代でも生き残ることができると思います。

 

 

ともかくまずは常識を疑ってみること。

 

 

これによって自分の中に新鮮な風を吹かせることが大事なんですね。

 

 

毎日が同じことの繰り返しでは、どうしても考え方や視点が凝り固まってしまうのは仕方のないことかも知れません。

 

 

世の中の多くの人が自宅と職場の往復の生活を嘆いていますが、それが嫌であればやはり自分から何かしらのアクションを起こすべきなんです。

 

 

何もしないから何も起こらない、単純明快な真実ですね。

 

 

従来の価値観のまま生きていて報われるのか?

 

月から金まで決まった時間働いて、月の終わりに給料を貰う生活を40年以上繰り返す。

 

 

世のほとんどの人が今だに信じて疑わない人生の設計図ですね。

 

 

太古の昔から踏襲されてきた価値観なので仕方のないことかも知れませんが、今と昔とでは時代が違います。

 

 

世の中が全体的に潤っていた時代も確かにあったとは思いますが、一方で僕たちが生きる現代はどうでしょうか。

 

 

ただ生きるためだけの最低限の給料を貰う代わりにあらゆる我慢を強いられ犠牲を払い、不要と判断されたら即刻捨てられる。

 

 

会社のために必死に働いていたのに、ある日突然クビを宣告されるという光景にはもう驚かなくなりました。

 

 

どんなに頑張って働いても一向に報われず楽にもならず、それでいていきなり切り捨てられるという異常な時代を僕たちは生きているんです。

 

 

その意味では、自分の身は自分で守るという心構えでいた方が望みがありそうです。

 

 

誰かが守ってくれるだろう、誰かが助けてくれるはずだという他力本願の思考ではこの先厳しいと思いますね。

 

 

あなたの理想的な生き方を明確にする

 

現在労働者であるあなたは、本当はどのような生き方を望みますか?

 

 

ここまで読み進めてきたということは、40年以上も雇われ続ける生き方に疑問を感じているはずです。

 

 

誰にも指図されずに生きたい

 

旅をするように自由気ままに生きたい

 

毎日豪遊しまくりたい

 

好きな人とだけずっと一緒にいたい

 

田舎でゆっくりとした時を過ごしたい

 

 

価値観は人それぞれですから、他の誰も思いつかないような全く新しい生き方でも構いません。

 

 

理想的な生き方がある程度浮かんだところで、ではどうして今すぐにその生き方を始めることができないのかを考えます。

 

 

その理由は明確で、”何もかもを束縛されているから”に他ならないわけですね。

 

 

労働者である以上、ありとあらゆる制約を受けながら生きていく他ありません。

 

 

例えば、職場の近くに縛り付けられて毎日出勤しなければならない。

 

 

この縛りのせいで、旅をするような生き方は消滅します。

 

 

こんな具合に、拘束が強く理想とはかけ離れた暮らしこそが、労働生活なんですね。

 

 

ここを何とかしないことには、あなたが望む新しい生き方を再現することはできず、ただの夢物語に終わってしまいます。

 

 

その生き方を実現するために必要なこととは?

 

夢に見ただけで満足ならいいんですが、できることなら実現させたいというのが本音だと思います。

 

 

ハッキリ言って労働者のままでは制約が強すぎて何もできないしどこにも行けません。カゴの中の鳥と一緒です。

 

 

なので、新しい生き方の第一歩として、”労働者を卒業する”ことを考えてみます。

 

 

今と昔とでは時代が違うというのは悪いことばかりじゃなくて、労働者として一生を終える以外の道があるといういい点もちゃんとあります。

 

 

毎日身を粉にして働くのは給料をもらうため。

 

 

その給料分を何とかできれば来る日も来る日も馬車馬のように働かなくてもよくなるわけですよね?

 

 

今の時代、雇われの給料と遜色ないか、それよりも遥かに多いお金を自分で稼ぎ出す方法が確立されています。

 

 

誰かに雇われてお金をもらうのではなく、自分の力でお金を生み出すことが可能なんですね。

 

 

真っ当なビジネスを正しいやり方で行うことで、一個人でもサラリーマンの給料を遥かに凌ぐお金を稼ぎ出すことができるんです。

 

 

あなたにとっての理想の生き方というのは、何にも縛られずに自由なことが大前提なはずですから、そのためには労働ではなく自分で稼ぐことが必要なんですね。

 

 

現に、従来の人生設計とは全く違う新しい生き方を実現している人がすでに大勢いるんです。

 

 

その人たちに共通しているのが、誰にも雇われないで自分で稼いでいる点。

 

 

無論、正しい方向性で継続した場合の話ですが、そこさえ何とかなれば自分で稼げて自由になれるんです。

 

 

細い給料のために不自由に耐えて生きていくのか、それとも自分の力で大金を生み出してさっさと自由になるのか。

 

 

あなたの魂が喜ぶ生き方は果たしてどちらでしょうか?

 

 

自己投資を惜しまない人はより早く成功する

 

自分で稼いで自由になると決めたのであれば、できるだけはやく成果を出したいところです。

 

 

そのために必要なのが、”自己投資”です。

 

 

目的地が決まっていても、地図がなくしかも徒歩では相当な時間がかかります。

 

 

反対に、カーナビがついた車に乗っていけば遥かに早くたどり着けるわけです。

 

 

自分で稼ぐ場合も同じで、自己投資によって知識やスキルを習得したりツールを購入して取り組んだ方が、成果が出る早さがまるで違ってきます。

 

 

自己投資は結果的に全て自分のためになりますし、より多くの稼ぎを生み出してくれるものです。

 

 

成功する人はこのことをよく理解していて、それ故に自己投資を惜しみません。

 

 

反対に、自己投資を躊躇する人は、一時のお金のロスに耐えられず、投資ではなく単なる損としか考えられません。

 

 

これでは地図もなく手探りの状態でビジネスに挑むことになりますし、そんな原始的なやり方ではいつまで経っても成果を出すことは不可能です。

 

 

百万も一千万も出しなさいと言うわけではありませんが、数万円くらいなら頑張って投資するべきなんですね。

 

 

自己投資して稼いでまた投資してさらに稼げるようになる。

 

 

欲しいものを買うのはその後でもよくありませんか?

 

 

〜あとがき〜

 

僕が自分で稼ぐために動き始めたきっかけの一つとして、当たり前の日常に疑いをかけたことがあります。

 

 

労働者以外に絶対何か方法があるはずだ

 

 

疑いをかけることで視野が広くなり、結果自分で稼ぐ道を見つけたわけですね。

 

 

その意味では、日常に何の疑問も抱かずに生きているのは恐ろしいことです。

 

 

他に道があるのを知っていて、それでもなお労働者でいるならまだいいですが、労働者だけが唯一の道だと勘違いしている人は本当にもったいないです。

 

 

視野が狭く、物事を一点からしか見られないが故に、ピンチをピンチとも思わずチャンスを逃し続け、気がついたら路頭に迷っているなんて悔やんでも悔やみきれません。

 

 

もっと自分の人生に関心を持ち、熱心に向き合ってもいいんじゃないかと思います。

 

 

人生こんなもんだと決めつけると本当にそうなります。

 

 

泣いても笑っても一度きりの人生ですから、できる限り有意義に過ごしたいものですね。