人生の目的とは一体何か?

 

 

この問いに対する答えは人それぞれだと思いますが、少なくとも不幸を望む人はいないと思います。

 

 

本来であれば、僕たちはみんな幸せになる権利があるはずです。

 

 

しかし現実は、幸せなど微塵も感じられないままに日常が過ぎ去っていく。

 

 

気が付いたら心身ともすっかり衰えてしまっていたなんて悲し過ぎますから、どうにかして淀んだ日常に歯止めをかける必要があります。

 

 

そのために意識すべきこと、行動の重要性のお話です。

 

 

何も考えずに生きていると、あらぬ方向へ流されてしまう

 

人生の目的が見出せず、ただ何気なく生きていると、”他人に人生の目的を決められてしまう”ということが起こります。

 

 

特にやりたいことも見つからないし、何をしたいのか、何を望んでいるのかが自分でもわからない。

 

 

けど、世間の目があるし周りもみんなそうしているからとりあえず就職する。

 

 

 

周りの目を気にして何となく就職してはみたものの、そもそも目的がないから自宅と職場の往復の生活になる。

 

 

同じことの繰り返しで思考が停止し、より一層人生の目的を見出せなくなってしまう。

 

 

そのうちに”人生なんてこんなもんだ”という考えに陥り、一生働き続けることが人生の目的になってしまう。

 

 

このように、自分で人生の目的を決められないと、あっという間にどんどん流され、どこの誰かが用意したかもわからない道を歩かされることになるんですね。

 

 

そして言わずもがな、流され続けることで最終的に行きつく先は”労働者”です。

 

 

せっかくこの世に生まれてきたのに、その本当の意味も見いだせないままにただひたすら働き続けて一生を終えるなんて虚しくないですか?

 

 

されるがまま流されるがままに惰性で生きていると、気がついたら全く見当違いの場所に漂着していたなんていうのはよくある話なんです。

 

 

自分の人生なのに、肝心の目的は他人が決めているなんておかしくありませんか?

 

 

どうにかして目的を定めないことには、一体なんのために生きているのかわからなくなってしまいます。

 

 

勢いで行動してみると色んな発見がある

 

もしかするとあなたは今現在これといって人生の目的がなく、ただ惰性で生きているという自覚があるのかもしれません。

 

 

だとすると、現状を変えるためには”自分の意志で行動してみること”が一番です。

 

 

あれこれと深く考えずに勢いでアクションを起こしてみることで見えてくるものがあります。

 

 

行動と言っても、別に大したことでなくてもいいんです。

 

 

例えば、家に引きこもりがちであれば、アウトドアの趣味について調べたり、実際に挑戦してみる。

 

 

ビールしか飲んだことがないのなら焼酎やウイスキーを飲んでみる。

 

 

自宅と職場の往復の毎日なら、帰りにどこかに寄り道してみる。

 

 

少しでも興味や関心のあることを紙に書き出すのもいいですね。

 

 

このように、あなた自身にどんどんと可能性を突きつけてあげることが重要で、思わぬ才能が開花することだってあり得るわけです。

 

 

どこで何が花開くかわからないから可能性の芽をできるだけ多く蒔く。子供の習い事と一緒ですね。

 

 

自分の意志で行動し、色んな可能性に触れることで、そのうちの1つや2つ、これは突き詰めたら面白いだろうなというものが必ず出てきます。

 

 

その1つや2つのことを人生の目的に設定してあげればいいんです。

 

 

とにかく行動しろと口うるさく言っていますが、根性論で突っ走ったほうがうまくいくこともあるんですよ。

 

 

自分でろくに動こうともしないで、目的が無いだの人生つまらないなどと言うのはちょっと筋違いな感じがします。

 

 

結局のところ、何事もやってみなくてはわからない。これに尽きますね。

 

 

人生の目的は上書きしていくもの

 

どんな風に生きたいのか、どんなことがしたいのか、なにを望むのか。

 

 

生きる目的に上限などありませんから、いつだって変えてもいいですし、増やしたって全く問題ありません。

 

 

むしろ色んな目的に溢れていた方が人生が彩鮮やかになり、生きている実感が湧くと思います。

 

 

全く異なる目標を立てるのももちろんありですが、1つのことをステップアップ形式で追求していくものまたいいですね。

 

 

最初は手軽にバーベキュー、次は道具を揃えてキャンプ、食にこだわる、もっといいギアに新調する、山奥でブッシュクラフト・・・。

 

 

次はああしてみよう、これを試してみよう、ここへ行ってみよう、これが欲しいな。

 

 

人間たるもの、ドキドキやワクワクを感じるために生きることこそが醍醐味だと思います。

 

 

繰り返しになりますが、人生の目的というのはあればあるに越したことはなくて、ありすぎて困ることなどほとんどありません。

 

 

今はまだ何もなくても、あなたにぴったりの目標がきっと見つかりますから安心してください。

 

 

目的の実現の妨げになっていることは何なのか

 

実のところ、人生の目的が多いことで困る点が1つあります。

 

 

それは、”時間とお金が足りなくなってくる”という問題。

 

 

ここで考えてみてください。

 

 

温泉巡りが好きで色んな旅館やホテルに泊まりたい

 

心を奪われる景色を見たくて世界中を飛び回りたい

 

毎日豪遊して暮らしたい

 

何にも縛られずに生きていきたい

 

好きな人とだけずっと一緒に過ごしたい

 

欲しいものは全て手に入れたい

 

 

考え出すときりがありませんが、目的や目標が高くなればなるほど、それだけ時間とお金の制約が足かせになるわけです。

 

 

では時間とお金に制約があるのはどうしてかを考えた時、その原因は”労働者として生きている”点にありそうです。

 

 

労働者とは、要は自分の時間を切り売りしてお金をもらっているわけで、しかももらえるお金は少なくて頭打ち。

 

 

週休2日という制約のせいで、自由に使える時間なんて週末だけ。

 

 

家賃や光熱費、車のローンに養育費。

 

 

あらゆる出費の果てに残されたわずかなお金で一体何ができるのかという話です。

 

 

せっかくいい目標を立てたのに、それを実行するための時間もお金もない。

 

 

けど給料をもらわないことにはそもそも生活できないからまた働く・・・。

 

 

そうやって結局人生が労働で埋め尽くされていくんです。

 

 

寝ても覚めても仕事、来る日も来る日も仕事。

 

 

一体どれだけ働けば報われるのでしょうか?

 

 

残念ながら、労働者である以上、本当の意味で豊かになることは不可能だと思った方がよさそうです。

 

 

趣味に没頭する時間も、家族や好きな人と過ごす時間も全て差し出し、何ができるわけでもない給料を貰いに行く。

 

 

労働時間と比べると圧倒的に少ない自由時間。

 

 

我慢と犠牲に到底見合っていない安月給。

 

 

こんな風に言うと、

 

 

みんなそうだから

 

 

という声が聞こえてくるものですが、みんなそうだからといって正しいとは限らないわけです。

 

 

自分の頭で考えようとせずに他人の声ばかり聞いて流されているから真実が曇るんです。

 

 

この先も細い給料を貰い続けて、本当に幸せになれるのかどうかの答えは明白です。

 

 

目的があり、それを実現できると幸せな人生となる

 

まずは目的を定め、かつそれを実現できることで初めて本当に幸せな人生が訪れると思います。

 

 

思いはあっても、悔しい結果に終わってしまう人は大勢います。

 

 

その理由は、実現させる力が無かったからですね。

 

 

夢を夢で終わらせないためにやるべきは、”自分でお金を生み出す”ことです。

 

 

やりかた次第では、雇われの給料なんてあっという間に抜き去るくらいの額を稼ぎ出せるのが、自分で稼ぐことの利点です。

 

 

無論、何もしなければ収益が発生しませんから、その点では労働者の方が安定しているように思えます。

 

 

しかし、1か月働けばちゃんと給料がもらえる。だけど額は低いし対価としてあらゆる自由を持って行かれる労働者。

 

 

収益は安定しないけど、見たことも無い額を稼ぎ出せてほぼ全て自分のもの。それでいて自由も手に入るフリーランス。

 

 

トータルで考えた時にピンとくるのはどちらでしょうか?人生をよりよくできそうな方は?

 

 

もっと端的に言うと、誰かのために働くのが労働者、自分のために働くのがフリーランスですね。

 

 

前述の時間とお金の両方の問題を一気に解決する方法は、自分で稼いで自由になる以外にありません。

 

 

これが奏功すると、人生の目的を実現するための土台が整ったと考えることができ、いよいよ本格的に楽しくなってきます。

 

 

誰も楽しくない人生なんて望まないわけで、そう考えると、やはり雇われるよりも自分で稼ぐ方に軍配が上がりそうです。

 

 

人生を面白くするためにはどうしたらいいのかを常に考え、フットワーク軽く行動に移す、これが重要だと思いますね。

 

 

〜あとがき〜

 

僕もかつて世間の目や他人の動向に流され、労働者の道へと進んだうちの1人です。

 

 

特にやりたいことはなかったけど、少なくとも労働者は自分の居場所じゃないなという感覚は常にありました。

 

 

その後、雇われる側の不遇と限界、リスクを体感していくうちに、なにものにも縛られずに生きていきたいという目的が芽生えました。

 

 

そして、それを実現するために必要だったのが、まさしく自分で稼ぐ力だったわけです。

 

 

現状に屈して諦めてしまってはその先何も起こりません。

 

 

自分の意の向くまま、魂が行きたい方へ向かうのがいいのかなと思います。