せっかく人間として生まれてきたわけですから、できることなら毎日楽しくて有意義な人生にしたいと思うのは人として自然なことです。
つまらない人生を望む人なんて誰もいません。
ですが実際には、意欲も活力も湧かずにただ惰性で生きてしまっている。
いつも何となく気分が晴れなくて、現状や将来のことを考えてはモヤモヤとする日々。
このように、意欲が起こらずにやりたいことが見つからないのは、”ただ与えられた義務を消化するだけで一日が終わってしまうから”だと思います。
朝から晩までみっちり仕事をこなして、やっと解放されたと思っても、自由時間は寝るまでのほんの数時間しかない。
心身共に疲弊しきった状態で迎えるたまの休日は、溜まりに溜まった疲れを取ることで精一杯。
なので本当は、”やりたいことが見つからない”のではなくて、”やりたいことを見つける余裕がない”、こういうことだと思います。
仕事というのは、肉体的な疲労やストレスももちろんありますが、対人ストレスが非常に大きいです。
職場なんていうのは大抵の場合、自分と気の合わない人間が圧倒的多数なわけですから、
その人たちとうまくやっていくためには自分を矯正して帳尻を合わせる必要があり、それに費やすパワーというのは尋常ではありません。
心が疲れると、肉体的疲労もより一層重く感じられるものです。
そのような精神的疲労を抱えて帰宅したところで、やりたいことを見つける余裕などなくて当然なんですよね。
時間的余裕もないし、あれこれと思考を巡らせる余力も残っていない。
だから仕事以外なにもできずに一日が終わってしまうんです。
何もできずに一日が終わってしまう、今日もまたやりたいことを見つけられずに終わったと自分を責める必要はありません。
他のことをする余裕がないのは、仕事を頑張って燃え尽きた証拠ですから、まずは自分自身を労ってあげてください。
問題なのは、”いくら頑張っても報われないことが、一日のほとんどの時間を占領している”、これです。
あなたがやりたいことを見つけられないのは、心身的、時間的に余裕がないから。
心身的、時間的に余裕がないのは、労働という義務を真面目に頑張っているから。
ですがここで考えてみていただきたいのが、いくら必死に、汗水流して働いたところで、その頑張りは果たして報われているのかということ。
無能な上司の理不尽なお叱りにも耐え、お局様のご機嫌を取り、使えない後輩の面倒を見て、それでいて自分の業務もこなす。
歯を食いしばり、血の滲む日々を送るあなたの頑張りは、給料にちゃんと反映されていますか?
そう、どんなに努力をしたところで、貰える賃金は頭打ちのはした金なんです。
あなたが真面目に働けば働くほど、それだけあなたの雇い主の懐がホクホクするだけなんですね。
悔しいですが、この世の中はそういうシステムで成り立っているんです。
一握りの雇う側の人間が、真面目に頑張る人間の手柄を根こそぎかすめ取っていく。
”ただ真面目なだけの人間がバカを見る”、これが僕たちが生きる世の中の真実です。
心身的、時間的に余裕がないところにさらに金銭的余裕がないことも加わる。すべてがカツカツで人生がつまらない。
こんな不遇なことがあっていいんですかって思いませんか?
真面目に頑張ること自体は素晴らしいです。これは言うまでもないですね。
しかしその方向性を間違えると、誰かの食い物にされて人生を棒に振ることになりかねませんから、あくまでも自分のために努力することが重要になってくるんですね。
やりたいことが見つからない原因は、心身的、金銭的、時間的余裕がないからというのは先にお話しした通りです。
であれば、心と体がもっとストレスフリーで、かつお金と自由な時間がもっとあればいいんです。
これを妨げているのがまさに労働のわけなんですが、そもそも労働者として働いているのは、給料をもらわないと生活できないからですよね?
頑張りが微塵も反映されない細い給料をもらう以外に選択肢がないがために、不遇の人生を歩まされてしまうんです。
ではもし、自分でお金を生み出せるとしたらどうでしょうか?
誰かに貰うのではなく、あくまでも自分でお金を作り出す。
これができるようになることで得られる最大のメリットは”雇われなくてもよくなる”、これです。
その他にも、仕事の時間を自分で自由に決められる、稼いだお金は全て自分のものといった嬉しい恩恵もあるんです。
労働者は、毎日決まった時間強制的に働かされていましたが、自分でお金を稼ぐ場合は、やりたいと思ったらとことんやればいいし、
反対に気分が乗らないなら一日や一週間全く何もしないなんてことも可能です。非常にフレキシブルですね。
さらには、ピンハネと搾取の餌食の給料と違い、稼いだ報酬は全てあなたのものですし、やればやっただけ成果が出ます。
手柄をそっくり持って行かれる心配は全くありませんし、固定給ではなく青天井。
そう、全ては自分のためになる。不遇の労働者とは正反対ですね。
自らお金を捻出できるので雇われなくてもいい
仕事の時間は自分で決められるので融通が利く
気の合わない人間と一緒にいる必要がないのでストレスフリー
この3拍子が揃うことで、やりたいことを見つけるための最高の環境が整います。
狭苦しい労働生活では、どうしても思考や視野が凝り固まってしまうし、多少やりたいことが思い浮かんだとしても、きっと無理だろうと諦めていた部分もあると思います。
ですが、時間の制約が消え、精神が解放され、それでいてお金もあるとなった時、まさに無敵です。
このレベルにまで到達したあなたは、それまで考えつかなかったようなアイデアに溢れ、不可能だと諦めていたことにも挑戦できるようになります。
冒頭の繰り返しになりますが、人間たるもの、楽しく有意義な人生を送りたいと思うのは当然です。
そのための土台作りが非常に大事になってくるんですね。
〜あとがき〜
やりたいことがはっきりしていて、雇われの賃金以外の稼ぎ口も知っている。
それでもなお労働者として生きるというのなら、それはそれでいいのかも知れません。
しかし、雇われることでしかお金を稼げないと勘違いし、そのせいでやりたいことも見つけられないというのなら、それは軌道修正の余地が十分にあります。
僕たちは知らない誰かの操り人形になる必要など全くありません。
誰を豊かにするのか、誰のために生きるのか、何が最善なのか。
答えはすでに出ているはずです。