毎日が全然楽しくない

 

自分は一体何をやっているんだろう

 

ただ歳を取っているだけのようで虚しい

 

 

社会の荒波に揉まれながら日々頑張っていると、ふとした時にこんな思いが頭をよぎります。

 

 

でも深く考える暇も与えられず、足早に明日がやってきてしまう。

 

 

そうやって答えの出ない難題を背負いながら、モヤモヤとした気持ちで毎日を生きていく。

 

 

生きる楽しみがないと感じている社会人の方は多いらしく、僕もそのうちの1人でした。

 

 

特に何をするでもなく過ぎ去っていく1日。

 

 

気がついたらもう1週間が終わっていて、1か月が経ち、そして1年が過ぎ去る。

 

 

その年を振り返ってみるものの、とんでもなく殺風景で後悔ばかりが募っていく。

 

 

人生という時間は誰でも有限であり、チャンスは一度きりです。

 

 

そこで考えて欲しいのが、”自分はこのままでいいのか”ということです。

 

 

生きる楽しみがなくて毎日息苦しいけど、仕方ないと諦めて屈してしまうのか。

 

 

それとも、現状を打開するために必死で抗うのか。

 

 

時計の針は止まってくれませんから、今こそ選択するべき時なのかもしれません。

 

 

生きる楽しみを見出せない原因とは

 

決まった時間に叩き起こされ、半分寝ぼけたまま朝食を済ませる

 

はち切れんばかりの満員電車に飛び乗って職場へ

 

気が遠くなるような長い時間拘束され、ストレスのシャワーを浴びながら仕事をこなす

 

やっと解放されて帰宅すると、気が緩んだせいか急に疲れが押し寄せてくる

 

強烈な睡魔に勝てるわけもなく、崩れ落ちるように布団へダイブ

 

気がつくとまた今日という日が始まっている

 

社会人として働いていると、常に色んな制約が付きまといます。

 

 

その中でも特に重大なのが、”時間とお金”の自由が利かないことです。

 

 

1日のスケジュールは自ずと決められていて、自分で好き勝手に変えることはできません。

 

 

また雇われのサラリーマンの給料は、残業代などの上乗せを除けばほぼ固定です。

 

 

時間で言うと、自分で好きに使える時間は仕事から帰ってから寝るまでのほんの数時間程度。

 

 

お金に関しても、給料から必要経費を差し引くと、好きに使えるお金はほとんど残らない。

 

 

最大の問題点は、自分で好きに使える時間とお金があまりにも少なすぎることなんですね。

 

 

そしてこの問題こそが、社会人が生きる楽しみを見出せない原因でもあるわけです。

 

 

時間的、経済的な縛りが強すぎて、何かやろうにも余裕がない。

 

 

だから毎日が労働一色に染め上げられてしまうし、楽しみや充実感を得られないままに過ぎ去ってしまう。

 

 

社会人になる前は”就職したら好きなようにお金を使えるし、休日には遊びまくれるんだ”なんて淡い期待を抱いていたこともありました。

 

 

ずいぶん楽観的だったなと思いますが、いざフタを開けてみたらそんなに甘くはありませんでしたね。

 

 

これからも充実感の得られない日常を送り続けるのか

 

時間とお金

 

人生において最も重要な部分を完全にコントロールされたまま生きていく

 

好きなことに費やす時間も、新しい趣味を発掘するチャンスも掴めない

 

今とは違った景色を見に行くことも、自分自身の可能性に気付くこともできない

 

欲しいものを買うことも、大切な人と旅行に行くこともできない

 

あれもできなければこれもできない、選択肢が両手からこぼれ落ちていく

 

あらゆることを我慢して犠牲にして、身動きが取れない状態で少しずつ老いる

 

人生の最期に思うのは、”何ひとつ叶わなかった”という後悔だけ

 

かつてこんな物語を想像したことがあったのですが、とても虚しい気持ちになったのを覚えています。

 

 

いつかやってくる未来は”今”という時間の延長線でしかなくて、将来の自分の姿が簡単に想像できてしまう。

 

 

単調で見通しの良すぎる人生、これってよく考えたらものすごく恐ろしいことなんですよね。

 

 

何年、何十年と経った後も、まだ時間とお金に縛られて苦しみながら生きている自分の姿。

 

 

恐ろしさと虚しさと悔しさと、そんな感情が一気に押し寄せてきたのと同時に、”このままじゃダメだな”という思いが芽生えたのを覚えています。

 

 

己の反骨心に火を灯せ

 

時間とお金の制約を受け、生きる楽しみながないまま社会人生活を送り続けるのか。

 

 

かつての僕がそうだったように、あなたも”自分自身と対話をする時間”を設けてみることをおすすめします。

 

 

要は、

 

自分は本当はどうなりたいのか

 

何が欲しかったのか

 

どんな人生を送りたいのか

 

といった希望や理想を包み隠さず炙り出してみることで、僕はこれを”本心の発掘作業”と呼んでいます。

 

 

周りの大人たちの声、世間にどう見られるか、みんなそうしてるから・・・

 

 

こんな外野の声ばかりを拾って、自分の本心を押し殺しながら生きて、それが豊かな人生だと言えるのか。

 

 

こう考えた時に、自分自身が納得できるかどうかという話です。

 

 

今のままじゃ嫌だ

 

 

という感情が少しでも芽生えたなら、それは紛れもなくあなた自身の本心と言えます。

 

 

そして余裕があれば、自分の欲求をノートやメモに洗いざらい書き出してみるのもアリですね。

 

 

あまりにも欲が強すぎる自分を目の当たりにして、もしかしたら恥ずかしく感じるかもしれません。

 

 

でもそれは本当の自分に出会えた何よりの証拠ですし、自分の人生なわけですから、どこまでも高みを目指したっていいじゃないですか。

 

 

大人が夢を見るのは全然カッコ悪いことではありませんからね。

 

 

楽しい人生を送るためには土台作りが重要

 

心の声が聞こえたのなら、それを実現させるためにはどうしたらいいのかを考えなくてはなりません。

 

 

ここ最近では”早期リタイア”が大々的に取り上げられるようになりましたね。

 

 

その方法は多々あるわけですが、いずれにせよ”給料に依存しない収入の柱を持つ”という核の部分が共通しています。

 

 

サラリーマンだけじゃキツいよね→じゃあ他で収入を増やそうか

 

 

という発想に端を発し、そのスタイルの違いこそあれ、今ではたくさんの人が100%給料依存の生活から抜け出すことができています。

 

株や不動産などの投資で成功し、サラリーマンの月収を軽々と越えて脱サラした人

 

嫌な仕事を辞めたい一心でコツコツ努力し、今では不労所得と大好きな仕事の2本立てで生計を立てる人

 

ライフスタイルが多様化し、色んな生き方が選べる今の時代において、ただじっと耐えながらサラリーマンだけしているというのはかなりもったいないと思っています。

 

 

自分が汗水流して働いているのをよそに、真昼間から飲み歩いたり、高級外車を乗り回したり、平日のほぼ無人のキャンプ場でふけっている人間が一定数いるんです。

 

 

こんな風に言うと悔しい気持ちが噴き出してしまいますが、肝心なのは”あなたにも実現可能な未来”ということ。

 

 

生きる楽しみがない社会人が、満ち足りた理想の人生を手に入れることができるのが今の時代なんです。

 

 

そのためには”金のなる樹”を育てたり”お金が湧く源泉”を整備したりという作業が絶対必要です。

 

 

お金を増やす具体的な手段としてまず思い浮かぶのは、株やFX、投資信託といったところでしょうか。

 

 

確かに預金だけではジリ貧ですし、とにかくお金を動かしてお金を呼び込むという観点は素晴らしいです。

 

 

ただ、ここで一度フォーカスしてほしいのが”動かせるお金はどれくらいあるのか”という点です。

 

 

投資というのは、今ある元手を増やすことについては強いですが、裏を返せば”元手ありき”の運用法なわけですね。

 

 

何が言いたいのかというと、”少ないお金をチビチビ動かしたところで利益もまたしょぼい”ということです。

 

 

塵も積もればの精神で毎月コツコツと少額を積み立てる方法もありますが、その成果が出るのは半年や1年後なんてレベルではなく、数年〜数十年後にやっと恩恵を受けられるような遅効性のもの。

 

 

老後の心配だけでいいのならコツコツ積み立てでいいんです。

 

 

でも”今”という時間を大切にしたいのであれば、即効性のある方法に着目したいところ。

 

何もないゼロの状態からお金を生み出すシステムが構築できる

 

地道に努力を重ねれば1年や2年で成果が現れるため、若いうちから収入の柱を増やせる

 

一度仕組みを整えてしまえば、この先も消えずにずっと残り続けて収益を上げてくれる

 

このように即効性があり、ゼロの状態からタネ銭を生み出せるという観点からすると、”ブログの収益化”が最適解かと思っています。

 

 

まずはブログ運営を軌道に乗せてお金を発生させ、その収益を今度は投資なり別のビジネスに回していくことで資産が膨らんでいく。

 

 

そして毎月狙った金額を稼げるようになれば、思い切って脱サラしたり、本業のウエイトを減らしてダブルワークなんて選択肢も出てきますよね。

 

 

ブログでも何でもそうですが、とにかく収入の柱を多く持つことで”人生の選択の幅が広がる”というのが一番のメリットではないかと考えます。

 

 

就職して社会人として働いていると、どうしても視野が狭くなりがちで、自分のいる場所がこの世のすべてのような錯覚を起こしてしまいます。

 

 

これは”新たな可能性や選択肢を見つける機会を失い続けている”と解釈でき、実は非常にもったいない生き方なんですね。

 

 

黙っていると知らず知らずの間に損をしている、という人生がとても嫌だったので、僕は今こうして活動しています。

 

 

見える景色を変えるのは自分自身

 

およそ10年もの間、僕もサラリーマンとして生きてみましたが、自分の夢や理想には全く手が届きませんでした。

 

 

それどころかどんどん苦しくなっていく一方で生きる楽しみがない。

 

 

”人生そんなもんだ”なんて妙に冷め切ったフレーズを耳にすることもありますが、そんな理屈で本心が納得するはずがないんですよ。

 

 

狭い檻に閉じ込められてゆっくりと朽ちていく人生なんて誰も望みません。

 

 

でも実際には、知らない誰かに何もかもをコントロールされて日々苦しんでいる人がほとんどです。

 

 

しかし周りをよく見渡してみると、そういう窮屈な生活から脱して軽やかに生きている人もいる。

 

 

両者の違いは何か?

 

 

答えは単純で、”自主的に動いているかどうか”、ただそれだけの話です。

 

生活が苦しいのは政府のせいだ

 

思うように生きられないのはこの社会が悪い

 

誰かのせいにするのは自由です。でもそれだけだといつまで経っても現状は変わらないんですよね。

 

 

”給料上げろ!””物価下げろ税金下げろ!”と叫んだだけでそうなるならどんなにいいか。

 

 

欲しい理想があるのなら他人任せではダメで、自分の力で掴みにいくしかありません。

 

 

こんな風に言うと大げさですが、実際には小さいことからスタートすればいいんです。

 

朝少し早く起きて副業の本を読む

 

昼休みに家計簿をつける

 

夜寝る前にブログ記事を書く

 

誰に指図されるわけでもなく自分の意志で行動する

 

 

これができるようになると、日常が今までとは全く違った表情を見せるようになります。

 

 

仕事から帰ってヘロヘロの状態で記事を書くなんてハッキリ言って辛いし、別にやらなくても生きてはいけます。

 

 

でもその”やらなくてもいいこと””ほとんどの人がやりたがらないこと”を突き詰めていくことで、後の人生に大きな差が生まれるというのは知っておいた方がよさそうです。

 

 

不満ばかり垂れて行動しない人たちは、この先もほぼ確実に苦しみ続けると思います。

 

 

そんな人たちを尻目に、僕やあなたは軽やかに生きていく。

 

 

そのために今から準備を始め、少しずつでもいいので着実に力をつけていきます。

 

 

生きる楽しみがないなら自分で何とかすればいい。

 

 

さあ、やってやりましょうか。